離婚の基礎知識(4)
最終更新日:2017/07/16
夫婦間に未成年の子供がいる場合、離婚にあたって何よりもまず最優先に考えるべきことは子供の利益です。しかし、母親が親権者になる場合、「母子家庭の貧困」が社会問題になっているように、収入の面から苦しい生活を余儀なくされている子供は少なくありません。
このような問題への対策として行政による母子家庭の施策をしっかり調べて活用することはもちろんですが、まずは離婚前に養育費の取り決めをすることが重要です。そして、相手が約束を破った場合に備えて、直ちに強制執行が可能な強制執行認諾条項付離婚公正証書を作成しておくことを強くお勧めします。
親は子供と同居しているか否かに関わらず、子供に対して自己と同程度の生活水準を保持する義務(生活保持義務)があり、この生活保持に必要な費用は両親共に負担しなければなりません。そのため、離婚によって親権者(監護権者)にならなかった親も子供を扶養する義務があり、子供の監護に必要な費用を分担して支払う義務があります。
一般的には子供を監護養育していない親(非監護親)が監護養育している親(監護親)に対して、監護に必要な費用を毎月支払うことでその義務を履行することになります。これは、離婚の原因や親権者であるかどうかは関係ありませんので、例えば不貞行為(不倫)が原因で離婚をした場合、原因をつくった者が監護親となったときであっても、非監護親はそれを理由に養育費を支払わなくて良いということはありません。
この監護に必要な費用を「養育費」と呼び、養育費には未成熟子が社会人として独立自活できるまでに必要とされる費用として食費、衣料費、住居費、教育費、医療費などが含まれます。
養育費は子供が独立自活できるまで健やかに育つために必要な「子供のためのお金」ですので、離婚によって子供と一緒に暮らさなくなった場合でも親である以上は支払うべきお金です。しかし、平成23年に厚生労働省が発表している「全国母子世帯等調査結果報告」によると、離婚の際に養育費の取り決めをしている母子は全体の37.7%しかいないのが現状です。
その理由として「相手に支払う意思や能力がないと思った」「相手と関わりたくない」という回答が71.7%に上っています。養育費をもらわなくても子供を十分に養っていけるというのであれば問題ありませんが、少しでも不安があれば、子供のためにしっかりと話し合いをして養育費の取り決めをすることが大切です。
離婚を急ぐあまり養育費の取り決めをしなかったときや、養育費をもらう権利があることを知らなかったときでも離婚後に養育費の請求はできます。また、よくあるケースが一時の感情で養育費はいらないと放棄してしまったときです。
しかし、この場合でも事情の変更があれば請求できる場合がありますし、また、たとえ親が放棄したとしても子供には親に扶養を請求する権利がありますので、子供自身が請求することができます。
なお、この子供自身の扶養請求権は親が勝手に放棄することはできないと考えられています。
養育費を取り決めていなかった場合は、一般的には過去の養育費の未払い分は請求できないとされていますので、できるだけ早く請求するようにしましょう。
離婚時において妊娠している(胎児がいる)というケースも稀にありますが、その場合、その胎児の養育費はどうなるのでしょうか。前述したように養育費は未成熟子の生活に必要な費用である以上、まだ生まれてきていない胎児の養育費の請求はできないということになります(ただし、何かしらお金が必要な事情があるときは、養育費という名目を使わないで金銭的な支払いを約束する方法はあります)。
しかし、離婚後に胎児が無事に出生したときには、親権者でない父親(※1)に養育費の支払義務が生じますので、胎児の出生後の養育費について、出生前であっても胎児の出生を条件に当事者間で協議して定めることは可能です。
(※1)離婚後に出生した胎児の親権者は自動的に母親になります。ただし、出生後に父に親権者を変更することも可能です。
養育費の金額については特に法律上の規定はなく、当事者双方の話し合いで自由に決めることができます。また、その金額の決め方についても、小学生のときはいくら、中学生のときはいくらなど支払期間の途中から段階的に増額することや、ボーナス月には加算するといった内容にすることも可能です。
しかし、いくら当事者間の話し合いで自由に決めることができるといっても、義務者(養育費を支払う親)の支払能力にそぐわない高額な金額ではすぐに支払いが滞ったり、減額請求がされたりなど、後日トラブルに発展する可能性がありますので、支払金額については当事者間で十分に検討するようにしましょう。
なお、金額を決めるにあたっては、参考として東京と大阪の裁判官が共同で作成した『養育費算定表(裁判所HP)』を活用することができますが、最近では算定表に対する問題点が指摘されてきているようですので、利用する場合や参考にする際はこの基準がどのようなものなのかを十分に理解することが必要です。もし話し合いで決められない場合は、家庭裁判所に監護権者が調停の申し立てをします。
養育費を支払う側(または支払ってもらう側)に給与所得と事業所得の両方がある場合において、養育費算定表を使用するときは、どちらか一方に金額を揃える方法があります。
例えば、養育費を支払う側(義務者)の給与所得が500万円、事業所得が300万円である場合において、事業所得に揃えたいときは、算定表で給与所得500万円に対応している事業所得は363万円になりますので、これを事業所得300万円と合算した663万円を事業所得として適用する方法です。
義務者(養育費を支払う親)が現在無職のときは、厚生労働省統計情報部が毎年実施している賃金構造基本統計調査の結果をまとめた「賃金センサス」を使って収入を推計して、それを参考にする方法があります。
ただし、この方法で金額を決めたところで、実際無職状態が続けば養育費の支払いができなくなることが予想されますので、そのような場合は保証人(連帯保証人)を付けるなどの方法もあります。
養育費は一定期間継続的に支払義務が生じるものですので、その始期および終期を明確に定めなければなりません。始期については、離婚前であれば離婚公正証書(離婚協議書)を作成した月、あるいはその翌月からとするのが一般的です(※1)。
終期については、子への親権が終了する「満20歳に達する日の属する月まで」という合意が比較的多いのですが、「大学等の卒業まで」または大学の卒業予定である「満22歳に達した後最初に到来する3月まで」と合意していることも少なくありません。
ただし、離婚時に決める養育費の定めは子供の年齢によってはかなり先までの将来を予測したものになりますので、単に「大学等の卒業まで」といった定め方にしてしまうと、以下のようなことが生じた場合に一体いつまで支払えばいいのかという支払終期をめぐる争いに発展する可能性があります。したがって、「大学等の卒業まで」という定め方はできるだけ避けたほうが後々のトラブル防止になります。
(※1)養育費は離婚後に発生する権利ですので離婚届が受理されている必要があります。
養育費の負担は具体的には月々に発生するものですので、毎月払いが原則となります。ただし、当事者間で合意できる場合は、養育費の総額を一括払いで支払う方法や、総額の一部をまとまった金額で支払い、残金は分割して支払う方法なども可能です。
しかし、一括払いは問題点も多く、後日トラブルに発展する可能性が高いので、問題点を十分理解したうえで検討する必要があります(詳しくは次の「養育費の一括払い」をご覧ください)。養育費をどのように支払うかについては以下の方法が考えられます。
現状では3.の金融機関への振込みが一般的ですが、毎月1回以上の定期的な面会交流の取り決めがある場合には、義務者(養育費を支払う親)からの要望として、面会交流時に1.持参して支払う方法を合意しているケースもあります。
義務者としては面会交流日に合わせて養育費を支払うことで、面会交流の実施の確保が目的であることが多いのですが、こういった養育費と面会交流をセットにする方法や考え方はあまりおすすめできません。そもそも毎月1回必ず面会交流が実施される保証はありませんし、また、面会交流は子供の福祉を十分に考慮して実施されなければいけません。
しかし、養育費の支払いのために子供の事情や精神状態、病気にかかわらず、毎月1回必ず面会交流を実施しなければならなくなってしまっては、何のための面会交流なのかがわからなくなってしまいますので、その点を十分に考えて支払方法を検討するのが大切です。
また、持参受け取りの場合は毎回受領書を発行する煩雑さもあります。
養育費の支払いは子供の年齢によってはかなり長期にわたる場合がありますので、やはり将来きちんと支払ってもらえるかが一番の不安要素です。そのため、養育費の一括払いを合意されている方もいらっしゃいます。養育費の支払いは毎月払いが原則ですが、協議離婚においては当事者間で合意できれば一括払いをすることはもちろん可能です。
しかし、一括払いにはその後の事情の変更をどのように扱うかなどの問題点も多く、後々トラブルに発展する危険性が高くなりますので、一括払いの合意をする場合は総額に対する計算の根拠を記載したり、事情の変更がある場合は減額に同意する条項を加えたりするなどして、当事者間で問題点をしっかり確認し合ったうえで合意するようにしましょう。
一括払いの金額は、支払終期まで子供が生存していることを前提に計算されていることが通常ですが、もし子供が病気や事故などにより死亡したときは、死亡時点でその子供に対する養育費支払義務はなくなります。しかし、一括払いを受けている場合、死亡時点から支払終期までの養育費についても既に受け取っているわけですから、その点において問題が出てくることになります。
一括払いを受けた後、監護親がそのお金をすべて費消してしまった場合に、事情の変更が生じたことなどを理由として、監護親から養育費の追加を求められる可能性があります。また、子供から扶養料請求がされる可能性もあり、その場合は二重払いの危険性もあります。
養育費の負担は、具体的には月々に発生するものですので、現時点で未だ具体的に発生していない子供の生活費等を支払ってもらうということは「贈与」とみなされ、贈与税の課税対象となる可能性があります。
公正証書や調停調書でもってなされた養育費の支払い約束は軽々と変更されるべきではありませんが、離婚当時に予測できなかった以下のような個人的、社会的事情の変更が生じた場合には、養育費の増額や減額、支払期間の延長が認められることがあります。なお、当事者間の協議で変更することはもちろん可能です。
養育費について変更したい場合は、まずは当事者間で協議しましょう。当事者間の協議で合意ができれば新たに公正証書を作成することになります。当事者間の話し合いによって合意ができないときは、家庭裁判所に養育費変更の申立てをすることができます。
なお、離婚公正証書(離婚協議書)を作成する場合、財産分与や慰謝料について合意が成立したときは、後日、名目を変えての請求や追加請求ができないようにするために、通常、離婚に関する財産的請求権(場合によっては婚姻前からの債権債務)を放棄する合意条項である、いわゆる「清算条項」を付けることが多いのですが、たとえこういった合意があったとしても、養育費については、事情の変更があれば増額または減額の請求をすることができます。
一般的に養育費の中には「教育に関する費用」も含まれていると考えられていますが、子供が私立学校や大学等に進学する際には、入学金や学費など多額のお金が必要になる場合があります。そのような場合に備えて、養育費とは別に入学金や学費などの負担者を合意しておくことが可能です。
もし、養育費の支払いだけを定めている場合、入学金や学費などの特別の費用を請求できるかどうかは、養育費の額やその他個別的な事情を考慮して総合的に判断されることになりますので、そのような紛争を避けるためにも、できるだけ負担者をあらかじめ決めておきましょう。
しかし、高校や大学は義務教育である小中学校とは違い、進学することが離婚時において確定しているわけではないので、進学時期が近い将来でない限り、離婚時には具体的な金額がわからないのが通常です。そのような場合の取り決め方としては以下のような方法が考えられます。
また、特別の費用とは一体どこまでの範囲が含まれるのかなどを定めておくことで後々のトラブル防止につながります。
子供が病気や事故などで思いもよらない多額の費用が必要になった場合に備えて、養育費とは別にそういった費用の負担者を合意することも可能です。
しかし、子供がいつ病気になったり事故に遭遇したりするのか、またそのときに必要となる費用も離婚時にはわかりませんので、これも上記「入学金・学費など」のような取り決め方が考えられます。
養育費の支払能力に不安がある場合、義務者(養育費を支払う親)の父母などが連帯保証人になるケースもあります。しかし、これは非常に稀なケースであり、通常は例え義務者の親であったとしても連帯保証人になってもらうことは難しく、結果的に連帯保証人を付けたくても付けられないケースの方が圧倒的に多くなります。
そのため、支払能力に不安がある場合は最初から無理な金額設定はせず、支払能力に合った金額を設定することが一番の解決策になります。なお、もし連帯保証人を付けられる場合は以下のことに注意するようにしましょう。
養育費の支払者である父(または母)が死亡した場合は、一身専属的義務である養育費支払義務は消滅しますので、父(または母)の相続人に養育費支払義務が相続されることはありません。また、養育費支払義務の消滅により保証債務も消滅します。
上記に対して、連帯保証人が死亡した場合は、その保証債務は連帯保証人の相続人に相続されるとされています。
例えば義務者(養育費を支払う親)の父などが連帯保証人になっている場合は、父の死亡によりその相続人(義務者の母や兄弟姉妹など)が養育費支払義務を負うことになります。それを避ける方法としては、保証期間を限定して定めておくことが考えられます。
離婚の際に養育費についての取り決めがなかった場合、過去の養育費を請求することは可能なのでしょうか。これについては審判例でも分かれていて、過去の未払い分を認めたケースもあれば認めなかったケースもあります。
実務上は「養育費を請求した時以降の養育費を請求できる」としているようですが、いずれにしても家庭裁判所が父母双方の資産や収入、生活状況など一切の諸事情を考慮して判断しますので、いつの時点からの養育費を請求できるかについては、はっきりとは言えません。
なお、当事者間で合意があれば、請求前(過去の養育費分)のものであっても支払ってもらうことは可能です。その際はしっかりと協議書等に記載するようにしましょう。
養育費や財産分与、慰謝料など複数の支払いがある場合に、すべての支払いの振込先口座を一緒にしてしまっているケースがあります。こういったケースは後々問題が生じることがあります。
例えば、養育費として月額3万円、慰謝料として月額3万円の支払い(毎月の支払い合計額は6万円)に合意したにもかかわらず、4万円しか支払ってこなかった(あるいは支払えなかった)場合などです。
この場合、一体どちらの支払いなのか混乱してしまい、また、慰謝料に「懈怠約款(期限の利益喪失約款や遅延損害金約款など)」が付いている場合は特に問題になります。こういった問題(弁済の充当)は、民法によって解決が図られますが、少々面倒なことになりますので、こういった無用なトラブルを防ぐためにも名目毎に振込先口座を別々にするようにしましょう。
ただし、別々の振込先にする場合、その分だけ手間や振込手数料が増えることから、支払う側に嫌がられることも多々ありますので、どうしても同じ振込先にしなければいけない場合は「充当関係についての合意条項」をしっかり記載しておきましょう。
例えばABCの3人の子供の養育費を定める場合は、3人でいくらという合計額では定めないようにしましょう。合計額で定めてしまうと、子供Aについての養育費の支払いが終了した場合に、残った子供BとCの養育費がいくらになるのか疑問が生じることになります。
そのような問題を避けるためにも、Aはいくら、Bはいくらというように子供一人ひとりについて定めるようにしましょう。
民事執行法の改正により、養育費の差押えについては差押え可能な範囲が拡大され、また支払期限未到来の金銭債権も差押えすることができるなど強制執行の特例が設けられています。
これらの適用を受けるためには、養育費の性質であることを明確に記載する必要がありますので、例えば「財産分与」などの名目に養育費分を加算したり、実態は養育費であるのに「和解金」「解決金」などの名目にしている場合は、この特例の適用を受けることができませんので注意しましょう。
また、反対に「養育費」の名目に財産分与や慰謝料の金額分を加算している場合なども注意が必要です。前述のとおり、養育費は事情の変更が認められれば減額請求されたりすることがあります。
以上のように、実態と名目が違う合意は後々問題が生じる場合がありますので、実態に合った合意をするようにしましょう。
子供が1日生まれの場合、当事者間に支払終期の誤解が生じていることがほとんどですので注意するようにしましょう。
例えば8月1日生まれの子供の養育費支払終期を「満20歳に達する日の属する月まで」とした場合、養育費の支払終期は7月分で終了します。
これは「年齢計算に関する法律」によって、誕生日の前日の経過をもって1歳を加えることになるためです。8月分の養育費まで希望する場合は、明確に終期を定めるか、あるいは翌月分まで支払ってもらう記載にする必要があります。